健康食品と特許

カスピ海ヨーグルトについて思うこと

 最近、カスピ海ヨーグルトを広めた人と言われる京都大学名誉教授の家森幸男先生が書かれた「カスピ海ヨーグルトの真実」という本を読みました。食生活と長寿との関係がよくわかり、毎日の食事の重要性を再認識させられませした。近年の健康食品ブームもこのような認識が人々に浸透しつつあることが一つの理由かもしれません。

世界有数の長寿地域であるグルジアの健康の秘訣であり、だれでも手軽に作れて、毎日食べられるカスピ海ヨーグルトを、多くの人々に広めたいという家森先生のご意向には、はなはだ反することですが、職業柄、私は、もし家森先生がカスピ海ヨーグルトに関連して特許を取得しようとしたらどのような特許が取得できたであろうかと、考えて見ました。

まず、家森先生が持ち帰ったヨーグルトは、グルジアで人々が作っていたものであり、我が国では知られていなかったとしても、特許法第29条第1項第1号の「特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明」に該当し、特許を受けることができません。

次に、カスピ海ヨーグルトは、クレモリス菌とグルコノバクター桿菌とが主要な菌となっていることが記載されていますが、仮にグルジアの人々がそのような事実を知らなかったとしても、クレモリス菌とグルコノバクター桿菌とを用いてカスピ海ヨーグルトを作ることは、グルジアの人々が既に行っていたことであるから、特許法第29条第1項第2号の「特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明」に該当し、特許を受けることができません。

また、カスピ海ヨーグルトのとろりとした独特の粘りは、クレモリス菌が生産する粘性多糖類に起因することが記載され、この粘性多糖類は免疫細胞を刺激して活性化させることが記載されています。これに関しては、上記粘性多糖類を分離してその成分や理化学的性質、生理活性効果等を調べることにより、特許を取得できた可能性があったかもしれません。しかし、そのような特許は、カスピ海ヨーグルトから分離された上記粘性多糖類自体、あるいは該粘性多糖類を有効成分とする免疫増強剤というようなものであり、カスピ海ヨーグルト自身を権利範囲とすることはできません。

更に、家森先生のお宅では、カスピ海ヨーグルトに、きな粉と、ゴマと、茶葉を加えて食べていることが紹介されております。私の家内もカスピ海ヨーグルトを作っているため、私もきな粉とゴマを掛けて食べてみたのですが、これが予想外に美味しく、特にきな粉はカスピ海ヨーグルトにとても合うようです。また、家森先生の本には、上記の組合せを考えた理由として、きな粉は、大豆の粉であって、血中コレステロールを低減させ、血圧を抑えて血管をしなやかに強くし、その結果、動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中を予防することや、ゴマや茶葉には、抗酸化作用があることが記載されています。

したがって、カスピ海ヨーグルトと、きな粉と、ゴマ及び茶葉から選ばれた少なくとも一種とを含む食品組成物というような発明を特許出願できたかもしれません。ただし、上記の素材は、いずれも食品素材として公知のものであり、公知の食品素材の単なる組合せにすぎないという拒絶理由がくる可能性もあります。しかし、上記食品素材の組合せによる相互作用について理論的に説明し、それを裏付ける事実などを示すことによって、進歩性が認められる可能性はあったように思われます。

とは言っても、もう一つ留意しなければいけないことがあります。特許権は、業として特許発明の実施をする権利を専有するものであり(特許法68条)、個人的家庭的な実施には効力が及ばないのです。即ち、仮に上記のような特許権を取得したとしても、一般家庭で実施することに対して文句は言えません。このように考えてくると、特許権をとって独占しようとか考えずに、毎日食べられるカスピ海ヨーグルトを、多くの人々に広めたいという家森先生のご意向は、誠に正しかったのかもしれません。

しかし、ビジネスとして健康食品を取り扱う企業にとって、特許権による保護を利用しない手はありません。他社に対して優位に立つために、特許の可能性について常に検討し、特許戦略を図る必要があります。健康食品をより有効に特許で保護するにはどうしたらよいかについては、私の今後の課題でもあり、更なる研究をしたいと思っております。

さて、「健康食品と特許」というテーマで月1回の投稿をさせていただきましたが、私の勝手な都合により今回でひとまず終わりにさせていただくことになりました。これまで、大した内容もない、拙い文章を読んでいただきました読者の方々に深くお礼申し上げます。

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